*アレッシーVS露康というありえない戦いです。
ただ単にちっこい露伴と康一が書きたかっただけなので、
長い上にものすごく適当な設定の話です。


































「ちっくしょ――、ツイてねーな―――」



アレッシーが日本に来て既に5年経つ。
承太郎とポルナレフにブッ飛ばされ、入院中に自分の雇い主が敗北した事を知ったのは10年位前だったか。
あれから彼は当ても無く世界中を彷徨い、結局日本に落ち着いていた。
雇い主――DIOに未練があるわけもなく、気ままに日本の生活を楽しんでいたアレッシーだが、彼は未だに独り身だった。
おまけに、ツキにまで見放されてきたらしい。
ここ最近の彼は荒れていた。


「くっそ…俺もうオッサンだぞ……何か上手い話はねーものか…」


辛うじて手に入れた職もボロアパートも、今の自分の全てが気に食わない。
苛立つ気持ちを抑え、彼は今日も薄汚れた四畳半に寝転がる。
――昔はよかった。
今は全く使っていないスタンド「セト神」のパワーもみなぎっていたし、何より常に「金が貰えるかも」という希望があった。
スタンドのパワーは本体の精神力と比例する。
アレッシーは10年という長い歳月の中、身も心もすっかり衰えてしまった。
煙草も酒も、止められない。


「………子供イジめてえ」


その言葉は虚しく四畳半に響き、アレッシーの精神をますます衰えさせる。
ふと窓を覗くと、腹立だしくも無邪気にハシャぐ子供・子供・子供。
このままではストレスで死んでしまいそうだった。
何故自分のスタンドは自分を若返らす事が出来ないのかと、彼は大いに悩み苦しむ。
仲良さそうにこちらの気も知らずイチャつくカップルを見た時、アレッシーの我慢は極限まで達した。


「ち……ちくしょオオオオ……」

「も、」



「もう限界だ!どいつもこいつも子供にしてイジめてやる―――!!」



そう叫び、アパートを飛び出した彼の目は怒りに燃えていた。
「セト神」を出すのは久しぶりだったが、とにかく後先考えず落ちていた棒を引っ掴み外へ出た。
人気のないアパート前で、棒を片手にターゲットを探す。
ふと、コンビニ袋を持った普通の青年がこちらに気付かず歩いているのを見る。
――今のアレッシーに理性はなかった。
アレッシーは音も無く青年の背後に近付き「セト神」を出した。
黒い影となったそのスタンドは、目玉をぎょろりと動かしながら素早く青年の影と交わる。
青年は背後の男の存在と自分の異変に全く気付かない。
胎児まで戻してしまわないように調節すると、アレッシーはようやく満足気に微笑んだ。
「青年」はあっという間に5〜6歳の「少年」へと変化を遂げた。


(へへ、何だよ、思ったより……)


そして、青年もとい少年はようやく自分の身長の変化に気付いたらしく「何か変だ」といった様子でうろたえ始めた。
もう遥かにアレッシーの方が大きくなっている。
アレッシーは自信に満ち溢れた恍惚の表情で、棒を頭上高く振り上げた。


(……楽勝じゃねーか!イジめてやる、クソガキッ…!)


少年の背後から棒を振り下ろさんとしたその時、一人の男が反対方向から歩いて来るのが見えた。
小心者のアレッシーはそれに気付くと、目にも止まらぬ速さでスタンドを戻しアパートの影へ隠れる。
スタンドを解かれ、ぽかんとした様子でキョロキョロと周囲を見渡す少年――青年はそのうち何処かへ行ってしまった。
なんとか隠れる事ができ、怒りも忘れただ身を潜めるアレッシー。
――大人には敵わない。
それはアレッシーがこれまで歩んできた人生の教訓だった。
だからといって子供ばかり執拗に狙うのはいかがなものか…



「…………」



先程、突如現れた男は無言で周囲を見渡していた。
何故かは分からないが、もの静かそうでいて威圧的な態度は少し恐ろしかった。
アレッシーは必死に隠れていたが、そのうちチラリと盗み見たその男の姿に違和感を抱くようになった。


(畜生、いい所だったのによォ〜〜〜……でもアイツ、何であんなにキョロキョロしてるんだ?
それにあのコートといい、帽子といい身長といい…アイツどっかで……?)


その表情は心なしか不満そうだったが、男はコートのポケットに手を突っ込んだまま行ってしまった。
とりあえず「大人」が消えたのでアレッシーはほっとした。
棒を投げ捨て、溜息を一つ吐く。
そんな中、男が歩いて行った方向からやけに明るい声が聞こえた。


「あっれえ〜〜、承太郎さん何してるんスか〜?」

「…………いや、ちょっとな…」



(!!! じょ、承太郎ォォ〜〜〜〜〜〜!!?)



――空条承太郎。
先程の男、何処か見覚えがあると思ったら10年前自分をボコボコにした張本人だったのだ。
アレッシーは目玉が飛び出るほど驚き、声が出そうになったので慌てて口を押さえた。
先程は、見つからなくて正解だったようだ。


「イカレ露伴の奴が写真についてどーこーって…承太郎さんの事探してましたっスよー」

「………そうか、すまないな」

「ん、どうかしたんスか?」

「実はさっき、何か…スタンドの気配を感じたんだが……気の所為だったようだ」

「はは、そんなにホイホイとスタンド使いが身近に居ちゃ――たまんないっスね〜〜」

「……しかしスタンド使いとスタンド使いは引かれ合う。用心に越した事はない」







 *  *  *  







四畳半に寝転がり、シミの多い天井を見つめながらアレッシーは考える。
髭が中途半端に伸びていたので、顎を擦ると少しザラザラする。
――スタンド使いとスタンド使いは引かれ合う、とか言ってたな。
まるで誰かの受け売りだ。
しかしそのルールが無ければ今日起こった事は只の偶然に過ぎない。
結局何もせずにただ怯えて部屋に戻っただけなのだが。


(でも)

(偶然にしちゃー……出来すぎなんだよな)


承太郎の事を考えると、悲しいやら腹立だしいやらで何だかムカついてきた。
DIOに未練なんかない。
となると――これは個人的な恨みというやつになるのだろう。
そもそも自分は何故此処に居るのか。
何故、奴の祖国に留まり続けているのか。
それは奴の存在を今まで綺麗に忘れていたからではないのだろうか。
奴がこの杜王町に、自分の町に現れたのも「運命」だったのか。


(奴等は何て言ってたっけなァ……)


イカレ露伴。
写真。
スタンド。
何か探し物でもあるのだろうか?
奴の事だ。年甲斐もなく何かに首を突っ込んでいるのだろう。
――露伴?
人の名前だとしたら。ひょっとして。
変わった名前だから、岸辺露伴の事かもしれない。
そういえば最近よく聞く。
この杜王町にそんな名前の漫画家が住んでいると。


(承太郎はそいつと親しいのか?)


アレッシーは寝転がったまま、昼間聞いた断片的な会話を繋ぎ合わせる。
それと同時に、ひとつの感情が湧き上がって来るのを感じた。
昔の事を思い出すと、余計に強くなるこの感情は――





「………決めた」


アレッシーは不意に起き上がり、押入れを開け大きな木箱を出した。
そして、くたびれた黒い斧を箱から取り出す。
昔は沢山あった武器も今ではこれっぽっちだった。
しかし彼はそんな事お構いなしに、取り出した斧を少し振ってみる。
黒い斧は風を切りブンブンと鳴った。
懐かしい重みが手の平から腕に伝わってくる。


「ポルナレフの野郎も居りゃーよかったが…まあいい……」


まずは、昼間まんまと逃がしてしまった承太郎の居場所を。
――承太郎が先だ。
復讐にしては嬉しそうにしているアレッシーのスタンドは、何だか少しだけパワーを取り戻したようだった。


「……俺ってえらいねェ〜〜〜………クク」


アレッシーは斧を片手にドアノブを握った。







 *  *  *  







「先生、あの」

「………んー?」



聞いているのか、いないのか。
目の前の男は無気力に変な声を発した。
視線は手元のペンと紙の束に注がれたままだし、瞳自体が自分の方を向いていないのだ。
けど面と向かってこっちを見て下さいなんて言える筈もなかった。


「先生」

「……何だよ」


予想していた通り、二度目の呼びかけの答えには少しトゲがあった。
――仕事の邪魔をされたくないのだ、きっと。
仕方が無いので簡潔に自分の考えを主張してみる。



「露伴先生、僕お腹が空いたのでもう帰りたいです」



広瀬康一は精神的に参っていた。
勿論、毎度の事ながら原因は目の前でガリガリとペンを走らせるワガママな漫画家にあった。
岸辺露伴本人はその願いを聞き、相変わらず顔も上げずこう言った。


「夕飯ならここで食べればいいだろう」

「はい!?……あ、いえ、そういう訳には」

「動くなって。何なら泊まってもいいよ」

「か、勝手な事言わないで下さいよ!もう何時間モデルやってると思ってるんですか」


そこで漫画家は手の動きを止め、初めて顔を上げた。
しかし視線はやはり康一ではなく窓に垂れ下がっているブラインドの隙間だった。


「ん……そうだな、暗い。もう夜だ」

「そうです!僕まだ制服のままなのに…もう夜なんですよ」

「そう言うがね…僕の方が頑張っているんだぜ、康一君。もう少し協力してくれよ」

「は、はいぃ!?何ですかそれ!ここまで先生に協力的なの僕くらいですよ!」


――大体、いつもはもっと素早く描いてるのに。
康一は言えない言葉が喉の辺りで留まってしまう、何とも言えない嫌な気分に陥った。
結局は他人と違い、言いたい事が言えないのだ。
今日も学校帰りに露伴邸へ寄った康一は、最初に「手のモデルをやってくれ」と頼まれた。
大人しくその辺で本でも読んでいればよかったものを、それに応じてしまったのが運の尽きで。
結果、康一は夜になりお腹がぺこぺこになるまで様々なポーズをとらされる事になる。
露伴の「この際だからこれも」という台詞を何度聞いたことか。


「ちがうよ、腕はもっと垂直に……そうそう、腰にも力入れて」

「先生!ちょっと無理がありますよこのポーズ!痛っ…痛い!」

「仕方無いだろ…せっかくの巻頭カラーなんだからゴージャスに決めたいんだよ」

「カ、カラー!?一体この数時間で何週間分の原稿を完成させたんですか!」

「………君は今まで吸った空気のC C を覚えているのか?」

「な!何て漫画馬鹿だ…!」



康一はほとんど諦めていた。
ひょっとしたら今夜は此処で夕飯をご馳走になるかも、と。


(露伴先生って料理作れるのか…?)


欠伸混じりに康一はそんな事を考えていた。
体育があった所為か、何だか今日は疲れていたようだ。
無理な体勢のまま眠くなってきた。
目の前の漫画家のペンが、再びガリガリと音を立てる。
――そんな夜。
突然どんどんと扉を叩く音と「宅配便でーっす」とやけに元気な大声が玄関から聞こえた。
あまりに大きな音だったので、ぼーっとしていた康一は一瞬にして現実に戻される。


「う、うわっ!出前ですか!?」

「……何を寝惚けているんだい、宅配便だよ。よっぽど空腹なんだな」


露伴は呆れた表情のまま、近所迷惑な配達人だなあとぼやく。
そして如何にも立つのが面倒といった表情で「康一君、行って来たまえ」と静かに告げた。
いきなりそう言われた康一はいい迷惑である。


「え、あの、何で他人の僕が……?」

「あのなあ康一君、ご存知の通り僕は仕事中なんだ。一番暇そうな君が行くべきだ」


康一はそれを聞き、何だか物凄く呆れてしまった。
――『暇そうな君』?
それが今まで協力してくれた人に対する言葉だろうか。酷い。
露伴はお構いなしといった様子でワガママぶりを発揮した一方的な会話を続ける。


「恐らくこの間注文した資料集に違いない。さぁ行け、ソラ早く」

「………ワガママ露伴…(ボソ)」


何か言ったか!?と露伴から罵声と判子を投げ付けられ、康一は慌てて玄関へ向かう。
少なくともこの時までは何も考えていなかったから、勢い良くドアを開けてしまった。

油断があったのかもしれない。







 *  *  *  







そう、油断していたのだ。

というより策というものを考えていなかった。
自分は基本的に無計画な人間なのだ。
――思えば10年前もそうだった。
あの時3歳児に顔面を切られようが何されようが、偶然下に承太郎が居たから負けたのだとアレッシーは考えていた。
事実は定かではないが、とにかく「どうにかなる」としか考えていなかった。
今も、昔も。


(あ―――あ、やっちまった)


アレッシーは自分よりはるか下に這いつくばっている幼児を見下した。
怯えているのか混乱しているのか、幼児はただ呆然とハイハイのポーズで固まっていた。
幼児――広瀬康一はまんまと「セト神」の術に嵌ってしまったのだ。
康一はようやくうろたえ始めた。


「おかしい…やけに物が大きいぞ……いや!まさか…
こ…これはッ!僕が!若返っ…ああ!子供になってるのかあ!?
まさか!でも、そんな……元々身長低いのにッ!」


そんなにパニックにならなくても、と。
叫び狂う康一を見下したままアレッシーは考える。


「お…お前!お前ひょっとして…いや!スタンド使いだな!?」

「ん、何だ、スタンド知っているのかい?」


呆けていたアレッシーは少し驚いた。というより、面食らった。
この町にはスタンド使いが何人居るのだろうか。
康一は自分を放置し考え事をしている新手のスタンド使いを前に、小さな体で精一杯勇む。


「ぼ、僕だってスタンド使いなんだからな!エコー……」

(!?)


アレッシーの足元で訳も分からず術を解けと叫んでいた康一。
――彼は既にわずか5歳位まで若返っていた。
当然、つい最近身に着いたスタンド能力「エコーズ」は出す事が出来ない。


「えっ!そ…そんな……エコーズが出ないッ!」

(やかましいがもうすぐ知能も5歳になるな)


殺す気はないので胎児までは戻さない。
しかし配達人のフリまでしたのに、同じ手口で承太郎の居場所を聞き出そうとした岸辺露伴が居ないとは。
――此処は本当に岸辺露伴の家か?
露伴は一人暮らしの筈だから、宅配便だと分かったらすぐに来るはずだ。
だからドアが開いたとたんにスタンド攻撃をしてしまった。
まさか他人が出るとは思わなかったのだ。


「………ま、いいか。ところで坊や」


アレッシーはかっぱらってきた宅配便の配達員の服を脱ぎ捨てた。
目つきが急に変わる。


「空条承太郎って男……知ってるかなあ〜〜〜」

(!! じょ、承太郎さんだって!?こいつひょっとして写真親父の刺客か!?)

「いや……知らなきゃいいんだけどね?」


ギラリと光る目に怖気づく康一。
――しかし吉良が関わっているなら一つでも多く情報を集めなければ。
今まで頼ってきたスタンドが出ないという危機的状況。
康一はそれでも全身の力を振り絞って声を出す。


「お、お前、弓と矢が今…何処にあるのかし、知っているのか?」

「君から逃げ切る自信はある訳だし……」

「お…おい!き、聞けッ!」


そのか細い叫びで、アレッシーの態度は豹変した。


「あァ、聞けだと!?今話してんのは俺だろうが!
弓と矢!?知らねェな!それより承太郎を知ってんのか知らねーのか早く答えやがれ!
子供の分際で余計な口挟むんじゃあね――ッ!ムカつくガキだぜ!」


アレッシーは背後から斧を取り出し、だぼだぼの学生服を着た小さな康一をまくし立てる。
知能が子供に戻りつつある康一は、大きな斧と見知らぬ大人の迫力に腰を抜かした。
上手く歩けない。
呂律が回らない。


「なあ〜〜〜知ってるのか?」

「し……し、しるもんか」

「本当にィ―――……?」

「しらない、しらないよ」

「…………ふーん」

(せ、先生を呼ばなきゃ…!ろはんせんせいを…)

「おおッと!ハイハイして何処行くのかなー!?」

「あわッ!!せ、せんせい!」

「どうしたのかなー?怯えちゃって…」

「ひッ、せんせい……せんせー!」


恐怖のあまり涙目になる5歳児の康一。
制服の下が脱げ、ぶかぶかだった筈の服は少しだけ丁度良くなっている。
ズボンが脱げたまま這いつくばる5歳児を容赦なく追い回すアレッシー。
背後に斧を持った大人がいるのだ。
這っても這っても露伴の仕事部屋へ辿り着かず、康一の恐怖は限界まで達した。


「うわあああああああん!!せんせー!ろはんせんせー!」

「ありゃ、泣いちゃったよ」

「せんせー!せんせー!」

「お…おい、近所に聞こえたらどうすんだ?えらくないぞ…」

「たすけて、ろはんてんてー!!」


てんてーどこ、と泣きじゃくる康一に流石のアレッシーも困り果てた。
この様子では承太郎の居場所は掴めないだろう。
――当の露伴も不在のようだし、どうしたものか?
とりあえずやかましいので一度胎児に戻してしまおうかと考えたその時。
奥の方から一つの影が現れた。
その影はアレッシーに飛び蹴りをお見舞いし、康一の方へ着地した。
飛び蹴りがクリーンヒットしたアレッシーは玄関のドアまで見事に吹っ飛ぶ。


「ぶげッ!!」

「康一君!来いッ!」


着地ついでに這いつくばっていた康一を抱きかかえ立ち上がったのは――露伴だった。
アレッシーはピクピクとしたまま動かない。
露伴はそれを見て、そのまま一気に仕事場まで駆け抜ける。
康一はまるで親が現れたかのように安心した。


「て!てんてー!」

「何がテンテイだ!君は知能まで子供に戻ってしまったのか…!?」


康一の姿を見て大体の状況を把握しているのか。
露伴は仕事部屋のドアに椅子など家具を押し付けながら叫んだ。
負けずに康一も後ろから力一杯叫ぶ。


「てんてー!な、なにしてるんですかぁ!」

「すぐ玄関に変態スタンド使いがいるんだぞ!?見ての通りのバリケードだッ!」


そうヒステリックに露伴が叫んだ瞬間、ドアから鋭い刃がバギッという破壊音と共に飛び出した。
せっかく組み立てた家具をも貫通している。
というより――今まさにバリケードを組み立てていた露伴はわずか数センチ前で呆然と刃を見ていた。
それが斧の先端であることを認知するには少し時間がかかった。
――解ってしまった瞬間というのは恐ろしい。


「うおッ!!」


数秒後、露伴は声を上げドアから離れる。
そしてバリケードはあっけなく「ドアごと」壊される。
アレッシーは額の血を拭おうともせず斧を振るい続け、とうとうドアは木っ端微塵になってしまった。


「ちっくしょぉぉ〜〜〜…デコぶつけちまったじゃねーかああ……」


涙目のまま入口の所から部屋を覗くアレッシー。
だが当然、露伴と康一は既に姿を消していた。


「…お、お?前にも同じような事が………」


アレッシーは流血したまま小首を傾げ、斧を頭上高く上げる。


「………あったようなッ!」


轟音を立て、椅子が真っ二つになる。
正真正銘最後のバリケードはアレッシーの踏み台となった。
ついに仕事部屋への一歩を踏み出し、アレッシーは独り言の様に呟く。


「まあ…デコぶつけただけの価値はあったかな…」

(何だ、こいつの自信は?)


露伴は部屋の隅の大きな本棚の影に隠れていた。
康一はというと露伴の背後に体を押し付けるようにぶるぶる震えていて、露伴は自分がやるしかないと考え始めていた。
斧を振り回すあの変態をどうにかするには、自分が「ヘヴンズ・ドアー」を使ってどうにかするしかない。
しかし、アレッシーの妙な自信も気になる。
――ぶつけただけの価値?
さっき蹴り飛ばしてやった時、何か仕掛けられたのだろうか。
特に何も変わった様子は無かったが。


(奴の目的は知らんが…)

(とにかくもう攻撃出来ないように「書き込めば」こっちの勝ちだ)


構える露伴に気付かず家具などを破壊し続けるアレッシー。
そんな彼の表情は喜びに満ちていた。それも流血したまま。怖い。


(………あいつ…本当に何しに来たんだ?)


もはや目的などどうでもいいのか、単なるストレス発散と思われる理不尽な動きを繰り返している。
今、奴に捕まったらどうなるのだろうか。
――考えたくも無い。
なら早く終わらせるまでだ。
ついでに履歴も読んでやる、と露伴は身を乗り出す。
狂ったように斧を振るう楽しそうな変態。
不意に鏡が割れ、その破片が露伴の頬をかすめた。


(! 痛ッ……)


身を乗り出したために飛んできた破片が当たってしまったのだ。
声を押し殺し、仕方なく再び隠れる。
痛みを感じる頬に触れると指先が真っ赤に染まった。


(切ってしまったか……全く、僕の家をあそこまで荒らす命知らずがいたとは…)


仕事部屋は既に滅茶苦茶だった。
露伴は怒る気も失せ、溜息を一つ吐いた。
ふと、先端に少し血が付いている先程の鏡の破片を見ると。


(!? これ…は……僕か!?)


露伴は思わず我が目を疑った。
破片に映っていたのは――まるでアルバムを見ているかのような、15歳位の自分だった。
露伴は数秒で全てを理解した。


(何て事だ…!僕まで康一君ぐらいの歳まで若返っているじゃないか!)

(そうか、あいつはさっき僕が飛び蹴りを食らわせてやった時……
突然すぎてガードこそしなかったものの、既に術をかけていたのか)


チラリと康一を見る。
完全に子供だ。恐らくスタンドも出せないのだろう。
――スタンド?


(はッ!ま……まさか!)


嫌な予感は的中するものだ。
ヘヴンスドアーが、出ない。
露伴がスタンド能力を身に着けたのは、康一と同じくつい数ヶ月前だった。
若返ってしまった今、スタンドなんて出るはずがない。


(………まずい、まずいな)


狂人が斧を持ち徘徊する部屋。
――そこにはスタンドの出せない15歳の青年と5歳の少年が居た。
絶望こそしなかったが、このままでは非常にまずい。

しかし。

やはり相手はただの狂人であって、殺人のプロフェッショナルという訳ではない。
まして腕の立つ暗殺者でも、全てを情報操作できる偉い政治家でもない。
よく見ると結構歳のいっているストレスが溜まった中年だ。
訳もなく人の家を荒らす、ただの犯罪者にすぎないのだ。


ピンポーン


先程は押される事のなかったインターホンの音。
そしてドンドンとドアを叩く音。



「おそい、ぞ」







 *  *  *  







「いえ、あの、悪気があった訳じゃあ……」

「本当ですよ。だって、何でボクがかの有名な岸辺センセイの家へ強盗しに行かなきゃいけないんですか」

「え?楽しそうに斧を振るっていたと証言しているんですか?」

「それはあの、えっと、た、たははは……」





――当然のように、アレッシーはその場で連行された。
恐らく途中から彼自身も目的を失ったのだろう。
ストレスとは恐ろしい。


「今まで苦労してきたって面だが、僕は許さんぞ」


そんな露伴の一言が決め手となり、彼が強盗として扱われる事になったのは言うまでも無い。
玄関から仕事部屋にかけて理由も無く滅茶苦茶にされたのだからそりゃ怒る、と康一はぼーっとしながら考えていた。
アレッシーに身ぐるみ剥がされた宅配便の配達人は寒空の下ぶるぶる震えながら泣いていたそうだ。
それを見て警察が動いた――というのが本筋なのか、とうとう康一には分からなかった。
まだ頭がもやもやするのだ。


「おい、大丈夫か康一君」

「ええ、あの、はあ、なんとか」

「……大丈夫じゃないな…」


露伴の頬にばんそうこうがぺたりと貼られているぐらいで、お互い怪我なんか掠り傷一つ無かった。
実際、配達人を装い不法侵入し暴れていた一人の男がいただけ、という話なのだが。


「承太郎さんに会わせてやるのもよかったかもな」

「え?……まあ確かに吉良とは関係ありませんでしたけど」

「違う、警察より怖いからだ。面白そうだったのになあ…」

「…先生、あんた鬼ですか……」


康一はぼやけた頭のまま、一つくしゃみをした。
なんだか少し寒い。


「おいおい、全く…そんな格好してるからだぞ」

「え?」

「いつまでボケているんだね、康一君。自分をよく見たまえ」


「…………あっ」


なんとか二人とも元の年齢に戻ったのだが。
康一はその時ようやく自分の服装に気が付いた。


「あ、わ、わわわッ……!な、なんで僕、下履いてないんですか!」

「本当に今気付いたのか?君、警察が押し入った時もパンツ一丁だったぞ」

「なっ!ななな…いつからパンツまるだしだったんですか!?」

「知らないよ。小さくなってた時は上だけで丁度良かったからね」

「ひ―――!!僕のズボンどこやったんですか先生―!」

「……失礼な奴だな、僕は知らんぞ」





康一が玄関近くで自分の制服のズボンを発見したのは、それから数分後の事だった。
ついでにこの後、滅茶苦茶に引っ掻き回された部屋の片付けをしながら、
二人は仲良く出前の天ぷらうどんを食べたらしい。







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