――彼女の突き刺す様な目線を感じる。






























目を閉じていても感じる。
ああ、これが殺気というものか。
彼女は教卓に深く突き刺さったたったひとつの「相棒」を引き抜くと、 つかつかと私の下へ歩み寄り、柄の部分を容赦なく振り下ろした。


――ドガッ。


肉を思い切り叩いた鈍い音が教室に響く。
額が痛む。
痛い。痛い。
頭が痛い。



「やめろーッ!レナ――ッ!!」

少年の悲鳴。
ざわめく教室。
明らかに緊迫した雰囲気。
少年――圭ちゃんの訴えに、彼女は全く動じない。
いやむしろ、自分の邪魔をした彼を一蹴する。

「圭一君はそこの壁から動かない約束だよ!」


それにしても頭が痛い。
先程の一撃で額が割れてしまった様だ。
痛い。
痛い。





「…私が許せないのは魅ぃちゃんが死体を掘り出して私を警察に売った事だよッ!!」



ドカッ。

――ああ、それは、ちがう、違うんだよ。



「信じてたのにッ!」



ズガッ。


――ちがう。ちがうの。おじさんはただ、



「……信じてたのにッ!!!」



ガスッ。














「やめろ……レナ…!やめてくれ―――ッ!!」


再び圭ちゃんの叫び声が聞こえる。
何かが私の額から頬を伝って床へぽたりと落ちた。
血かな。
血だろうな。

そこで私の意識は再び途切れた。
まあ、先程からずっと目を閉じていたから外見上変わりはないのだけれど。















『ねえ、レナ…おじさんはね、あの』

ああ、これは何時の事だったか。
恐らく帰り道だ。視界がオレンジ色に染まっている。
ひぐらしの声が聞こえる。

『レナはね、魅ぃちゃんの事が…皆の事が大好きだよ』

そこで彼女は振り向いた。
ブルーの制服が夕日に映える。

『……感謝してる。本当に、ほんとうに。』

その悲しげな瞳の奥に、あの日の――ゴミ山の上で黒服に身を包み自身の罪を告白する彼女の姿が垣間見えた。
あれは、夢なんかじゃなかった。
彼女の人生はあの日以降変わってしまった。

『…………大好きなんだよ…っ!』

先程から見つめていた大きな瞳から涙が零れた。
私はどうしたらいいのか解らず、ただ立ちすくんで彼女を見つめていた。
――ああボキャ貧は辛いなあ。この時どうすればよかったのだろう。

『じゃあ、忘れなくちゃ。変わらなくちゃ…』

大切なのは今なんだよ、と続けようと思った。
でも、口がこれ以上開かなかった。

『………忘れたいよ…はやくわすれたいよぉ…』

恐らくその時、私は彼女を抱きしめたのだろう。
あまりその後については記憶に残っていないけど、私はなんだか貰い泣きしてしまって、


『レナ………』










『おじさんが守ってあげるから心配しないで』


















――皆の声が聞こえる。

歓喜に満ちた声だ。
私はどの位気を失っていたのだろうか。
ドタドタと走る音、窓や扉の開く音が聞こえる。



私も先を行く沙都子に続き、痛む額を押さえながら窓から校庭へ飛び降りる。
周りに心配されながら、ふらつく足で皆の下へ向かう。
額の血はどうにか止まったらしい。
でも、まだ信じられない位ズキズキと痛む。

(……罪、なんだ)

だからこの額の痛みは私の罰。
私が余計な事をした所為で彼女は疑心暗鬼になり、私達を信じられなくなってしまった。
――結果、こんな事態を招いてしまった。
私が信用できない人間だったから、あまりに頼りない人間だったから、
結局は全部、すべて私の所為なのだ。きっと。




ガキィン。
キィン。

ドガッ。



ふと、通い慣れた自分の学校の校舎屋根を見上げる。
屋根の上では、刃物と金属がぶつかる音が絶え間なく聞こえる。
満月をバックに二人分の影が見える。

(そういう事か)


――どうやら彼と彼女の戦いはまだ終わっていなかったようだ。




「レナ…」

彼女の名前を呼んでみる。
届く筈はないけれど。
自ら戦いに身を投じ斧を振るう彼女に、こんな小さな声は届かないけれど。


「……がんばれ」

圭ちゃんなら大丈夫だと、私は何故か確信している。
問題は、彼の声が彼女に届くかどうかだ。
届いたところで、元の明るく優しい彼女に戻ってくれるのだろうか。
自分の罪に気付いてくれるのだろうか。
私の罪を許してくれるのだろうか。
また以前の様に――


「…………がんばれ」


――私に笑いかけてくれるのだろうか。





「……レナぁっ…!」



















ガキィンッ!




――学校。ブルーの制服。夕日。ひぐらしの声。帰り道。




私も、あんたの事が大好きだったよ。

だから戻ってきて。
今度こそ、おじさん頑張るから。一緒に頑張ろう、レナ。




















痛む額を押さえながらの必死の祈りが通じたのか、
数分後、校舎屋根から彼女のすすり泣く声が聞こえた。





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